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CHIAKI


平成を乗り越えた元転勤族     

職業:ITワーカー&ライフワークブロガー  

趣味:独泉・料理・ひとりカフェなど

ネットワークビジネス(MLM)はやっぱりヤバイ!?負の歴史と向き合ってみる

※当ブログはプロモーションを含みます

今回は
ネットワークビジネス(MLM)はやっぱりヤバイ!?負の歴史と向き合ってみる

ということで、

ネットワークビジネス(MLM)の
ヒストリーを見ていきたいと思います

この記事は
直接、集客につながるような記事ではありませんが
ネットワークビジネス(MLM)の
マメ知識的な記事になるかと思います

ネットワークビジネス(MLM)は
「ねずみ講」「悪徳マルチ」などともいわれます

確かに、
ネットワークビジネス(MLM)の業界には

昔から

高額な商品の販売や
有料会員を増やすため

悪質な勧誘行為もいとわないという人や
組織があるのも事実です

消費者庁から、
業務停止命令が下されるような企業も
珍しくなく、

世間的に、
負のイメージが先行するのも
無理はないのかもしれません

目次

ネットワークビジネスの誕生

全盛期ほどではないとはいえ、
まだまだ、
かなりの市場規模をもつネットワークビジネス(MLM)

いつ誕生し、どのように発展していったか見ていきます

世界で初めてネットワークビジネスを展開したのは、
アメリカ、カリフォルニア州を本拠地とする
「ニュートリライト・プロダクツ」
(1934年にカリフォルニアビタミン社として創業)であるとされています

1934年は昭和9年となり、
第二次世界大戦前の1939年頃のことです

実に、
90年近い歴史があるということになります

他にも
「スワイプ」(現「ネイチャーケア」)などが

この時期には誕生しており、
1940年前後がネットワークビジネス(MLM)にとって黎明期といえるでしょう

ネットワークビジネスは
その後も順調に成長し続けていき

1960年頃には、
アメリカ国内で事業者数が約200社程度にもなりました

また、
この時期、経済的に近い
カナダやヨーロッパ諸国にも拡大していきました

 

カリフォルニア・ビタミン誕生

カリフォルニア・ビタミン社の創業者はカール・レンボーグ氏といいます

カール氏は長い間栄養に関することに目を向け、
北米で初めての栄養補給食品、いわゆるサプリメントを開発、
それを製品化しカリフォルニア・ビタミン社での販売をスタートさせました

しかし、
当時のアメリカではまだ栄養に関する知識がなく、
人々の関心度が低かったため
思うような成果を出すことが出来なかったそうです

また、
1934年当時の先駆者である「カリフォルニア・ビタミン社」には、
広大なアメリカの大地で展開できるほどの費用、手法もありませんでした

そこでカール氏は
「口コミ」を利用した販売方法を考え出しました

人件費や労力のかかる訪問販売に限界を感じたカール氏は、
自社製品を愛用してくれる消費者に
販売する権利と新たな販売員を募集する権利を与えました

「いい製品は沢山の人にも知ってもらいたい」

そんな人々の素直な気持ちに目を向けたのです

また、
広告等の宣伝をしないで浮いた費用を、
製品を広めてくれた販売員への販売手数料として
報酬を支払うシステムも取り入れました。

それだけではなく、
自分の紹介で販売員を始めた人の売上からも
自身へ報酬が支払われるシステムを運用します

これがネットワークビジネス(MLM)の起源となっています

 

Amway(アムウェイ)の誕生

ネットワークビジネス(MLM)を生み出した
カリフォルニア・ビタミン社は

その後、
1939年に「ニュートリライト・プロダクツ」と社名を変更します

ニュートリライトと聞いて、
もしかしたら聞き覚えのある人もいるかもしれませんが

現在でも、
ネットワークビジネス(MLM)の大御所的企業、
『Amway(アムウェイ)』のサプリメントシリーズが
ニュートリライトというブランド名で展開しています

実は、
ニュートリライト・プロダクツ社は
1972年にAmway(アムウェイ)に買収され、

現在でも
その名を残したままAmway(アムウェイ)で販売されています

50年以上が経過した今も
世界中の多くの人に愛される製品となっています

そんな
Amway(アムウェイ)は1959年に創業しています

Amway(アムウェイ)の創業者たちは
元々ニュートリライト・プロダクツ社で製品を広めていましたが、
紆余曲折あり自分たちの会社を創業するに至ります

創業後は、洗剤などの商品を「口コミ」の手法を用いて広めていきます

ネットワークビジネス(MLM)業界で順調に業績を上げていき、

ついには、
業績が落ち込んでいた「ニュートリライト・プロダクツ」を買収しました

その後も、Amway(アムウェイ)は、
堅調に業績を伸ばし続け、

瞬く間にネットワークビジネス(MLM)業界売上№1に上り詰めました

 

ネットワークビジネス(MLM)の親

ネットワークビジネス(MLM)業界にとって、

カリフォルニア・ビタミン社(ニュートリライト・プロダクツ社)が「生みの親」

Amway(アムウェイ)は、「育ての親」といえるでしょう

言えることは、
この2社の躍進がなければ、
今日のネットワークビジネス(MLM)の発展はなかったかもしれません

 

ホリディマジック事件

Amway(アムウェイ)が業界をロードしながら
順調にネットワークビジネス(MLM)が発展しく時代ですが、

決して順風満帆なものばかりではありませんでした

マーケットが成長をしていく一方で、
悪特な商法を実施する会社も現れはじめ、
大きな社会問題と発展していきます

代表的な事件として
「ホリディマジック事件」が挙げられます

 

ホリディマジックとは

ホリディマジックは、
1964年から1970年代にかけて化粧品を扱っていた、
アメリカ合衆国(米国)のネットワークビジネス(MLM)企業です

ホリディマジックでは
化粧品は製造原価率が低い商品であることに着目し、
だれもが販売員になれる仕組みとして
ネットワークビジネス(MLM)を導入しました

順調に事業を拡大し、世界27か国に進出した企業です

 

ホリディマジックのやり方

<組織構成>

4つの階層から成る独特の販売組織をもっていました

「ホリディガール」とよばれる末端の販売員は、
3,900円を支払うと、化粧品を30%引で購入する
権利を得られていました

その上位の「オーガナイザー」は、
32,550円を会社に納めることで、
「ホリディガール」を束ね手数料を得ていました

「マスター・ディストリビューター」は、
825,000円支払えば65%引で仕入れができ、

最上位の「ジェネラル・ディストリビューター」になるためには、
750,000円を納め、代わりの「マスター・ディストリビューター」を
組織することが必要であったとされています

<研修>

その研修方法は、
ネットワークビジネス(MLM)にとって
小さくない影響を与えたといわれています

まず「あらゆる権利と請求権の包括法放棄同意書」にサインさせられます

そして、
ホテルの部屋で、入り口に見張りが立って監禁状態になり、
参加者は自分の過去や問題点を告白するよう強要されます

問いにいい加減に答えたと判断されると、
唾を吐きかけられ、裸にされ、殴られたり踏みつけられたりと
暴力を振るわれることもあったようです

コンプレックスを含め洗いざらい告白したと認められると、
手のひらを返すように扱いが変わり、
急に全員から祝福されます

このような激しい研修スタイルは
現在の自己啓発セミナーに、一部が引き継がれているとされています

ホリディマジック事件

1973年に、事業がネズミ講にあたるとして、
当局から創業者ウィリアム・ペン・パトリックに対し
販売員から集めた資格料の返済が命じられます

ほどなくして創業者ウィリアム・ペン・パトリックは
航空機事故で死亡します

翌1974年、米国の会社が解散となります

日本におきましては
1973年2月末日から営業を開始していました

同年10月の時点でゼネラル・ディストリビューターが約1,200人、
マスター・ディストリビューターが約3,000人、
ホリディガールが約10,000人、

合計で15,000人近くの会員が集まっていました

しかし、
末端まで商品が満足に届くことはなく、

上位者からは
「商品を売るよりも出資者を見つけろ。」という指示が出ていたといわれます

やがて、
それは悪徳マルチ商法であるとして
「ホリディマジック全国被害者対策委員会」が発足、

1974年10月出資金の返金を求められました

国会でもこの事件は問題になり、
社長が参考人として招致されたりしました

1974年10月
東京都がホリディマジックの販売する化粧品を検査した結果、
「皮膚障害を起こす等の不良品が含まれていた」ということが判明しため、
商品の回収が命じられました

1975年6月
公正取引委員会が、

ホリディマジックの商法は
「独占禁止法違反(不当な利益による顧客誘引)」に当たるとして、
業務の中止を勧告した

1977年
日本法人が倒産しました

ネットワークビジネス(MLM)の正当性

この事件ごろから
アメリカでも、日本でも、
ネットワークビジネス(MLM)企業が摘発の対象となり、

業界の代表格であるAmway(アムウェイ)も
連邦取引委員会の目に留まり調査の対象となりました

連邦取引委員会の調査の結果は、

「アムウェイのセールス・マーケティング・システムは、
ピラミッド・システムの持つ本質的な特徴を含んでおらず、
したがって、それは本質的に偽りで人を騙すようなものではない。」

との審決が下されています

この審決により、
ネットワークビジネス(MLM)は
悪質な商法ではなく、
ビジネス手法として、正当性が認められることとなりました

それまでは、
アメリカ市場においても
「ネットワークビジネスは胡散臭い」「怪しい」という負のイメージがありましたが、

この連邦取引委員会のAmway(アムウェイ)に対する審決により、
ネットワークビジネス(MLM)の正当性が、広く世間に認知されていきました

この出来事をきっかけに
ネットワークビジネス(MLM)事業は大躍進することとなります

1980年代にはアメリカ国内で
ネットワークビジネス(MLM)の業界へ参入する企業が
約2,000社にまで拡大したといわれています

困難を乗り越えマイナスイメージを払拭したことで、
一気にネットワークビジネス(MLM)の時代が訪れることとなりました

 

日本でのネットワークビジネス(MLM)

日本のネットワークビジネス(MLM)は
どのような歩み方をしてきたといいますと

日本国内で初めて
ネットワークビジネス(MLM)事業を展開したのは、
現在でもも業界の上位に位置する
アメリカ創業のタッパーウェア社です

タッパーウェア社は
1946年にアメリカで創業したのち、1963年に日本へ上陸します

当時は現在とは異なり、
ホームパーティ形式での訪問販売形式を用いていました

とはえいえ、
販売員から販売員を募り商品を流通させていく方法なので
ネットワークビジネス(MLM)の「口コミ」と同様といえます

その後、
国内企業としては、中井貴一さんのCMでおなじみ
「ミキプルーン」の三基商事が1966年に創業しています

国内の企業も
ネットワークビジネス(MLM)として事業展開をスタートさせます

 

悪徳商法、ねずみ講による被害

次第に、日本国内においてもアメリカ同様、
ネットワークビジネス(MLM)事業を模倣した
悪徳商法を実施する企業も現れるようになります

1970年代初め頃には
既述しました「ホリディマジック」をはじめ、

APOジャパン、
ベストライン、
ジャッカーチェーンなど
の外資が日本へ上陸します

これらの企業は
いずれもピラミッド商法の悪徳企業であり
人集めの手法に長けていました

高額な登録料やスポンサー紹介料、
在庫の大量買い込み、粗悪品の取り扱いなど、
製品の流通ではなく人員の拡大での
金銭獲得に主眼をおいたマネーゲームの様相を呈していました

当時の日本では
まだネットワークビジネス(MLM)が広く普及していないため、
ピラミッド商法とネットワークビジネス(MLM)との区別について
人々の認識はないに等しいといって良いでしょう

その辺りは
悪徳企業側からすると、
日本のマーケットが都合が良かったのでしょう

悪徳な外資が日本上陸を果たしていた同時期は、
日本においても「天下一家の会」などの
ねずみ講が社会問題となってる時代でもありました

日本において
これからネットワークビジネス(MLM)の
歩みが始まるであろうこの時代に、

ピラミッド商法、
ねずみ講といった

悪徳商法は
まさにそのタイミングを見計らっていたかのように
日本市場に蔓延していきました。

誠実にネットワークビジネス(MLM)を行っていた
業界関係者は、運が悪かったという他ありません

そのため、

日本では
「マルチ商法=ねずみ講」
「ネットワークビジネス=ねずみ講」

という負のイメージが
強く印象つけられていきました

参考記事:ねずみ講について

参考記事:天下一家の会事件について

連鎖販売取引の法整備

日本でも
大きな社会問題となったしまった
ピラミッド商法・ねずみ講による悪徳商法に対し

ついに国会で法律の整備がなされます

1976年に
訪問販売と通信販売も含む無店舗販売を取り締まる
「訪問販売等に関する法律」が制定されます
(※この法律はその後も改正を繰り返し、2001年には「特定商取引に関する法律」に改称されています)

この法律において、
ネットワークビジネス(MLM)は「連鎖販売取引」として正式に規定されます

1979年には
「無限連鎖講等を防止する法律」が制定され、

ネットワークビジネス(MLM)と
ねずみ講やピラミッド商法とが正しく区別されることとなり、

悪徳業者といわれる企業は、徐々に消えていきます

Amway(アムウェイ)の参入、国内企業の誕生

法整備がされたことで、日本でも正式に認めらることになった
ネットワークビジネス(MLM)は、ここから成長が始まります

1975年には日本シャクリー
1979年には日本アムウェイ

と、それぞれが日本法人を設立します

現在でも、大手ネットワークビジネス(MLM)企業として
日本でのネットワークビジネス(MLM)を牽引する
2社が事業を開始することとなります

1980年代には外資の参入のみならず、
日本国内企業でもネットワークビジネス(MLM)へ
事業展開する会社が現れるようになります。

代表例として、

  • 山之内製薬
  • カネボウ
  • イオングループ
  • ダイエー
  • ソニー
  • ノエビア

国内の大手企業が次々と、
ネットワークビジネス(MLM)事業に参入していきます

1990年代になると、
ニュースキンジャパン
ハーバーオブライフジャパンなど

大手外資企業が
さらに日本でのネットワークビジネス(MLM)事業を開始します

その頃、国内企業においては
ナチュラリープラス社が「バイナリー」の報酬プランを採用し、
現在では業界の主流ともいえる報酬プランが誕生しました

その後も
国内外の企業が多く
日本国内でネットワークビジネス(MLM)事業を展開し、

現在では日本国内だけでも数千社の
ネットワークビジネス(MLM)企業があるといわれています

 

まとめ

今回は、
カンタンではありますが
ネットワークビジネス(MLM)の歴史を探ってみました

なぜ
未だに負のイメージが根強いのか
その理由の一端を知ることが出来ました

ネットワークビジネス(MLM)は
法律で正しく規定されいますが、

数十年前とはいえ、
大きな事件となっている歴史もありますが

たしかに
現在でも、悪質な勧誘行為であったり
法律違反にあたるような勧誘を
繰り替えす一部の団体や個人がいるのは

間違いありません

実際のところ、
消費者庁から業務停止命令などが下されている
ネットワークビジネス(MLM)企業は後を絶ちません

ネットワークビジネス(MLM)の健全性というのは
各個人によって解釈が違ってくるところかもしれませんが

今回、振り返りました
ネットワークビジネス(MLM)の歴史から学べることは、

やはり、
今の時代に合ったやり方であること。ではないでしょうか

ネットワークビジネス(MLM)は
法律によって制定されたビジネスとはいえ

商品を販売するだけではない、
少々、特殊なビジネスです

その長い歴史から
ネットワークビジネス(MLM)業界も
時代の変化とともに変化してきました

そんな時代の変化とともに
ネットワークビジネス(MLM)の
在り方も変化させていく必要を感じました

よく、
本質的なことは変わらないと聞きますが

ネットワークビジネス(MLM)の本質の理解を深め、
今の時代に合ったネットワークビジネス(MLM)で
健全なネットワークビジネス(MLM)を
歩んでいってもらいたいものです

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平成を乗り越えた元転勤族

節約ブロガー&投資少々

家事・育児たまにエンジニア

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